Interview#05

大学院で分子生物学・細胞生物学を学び、海外での研究経験を経て、大手製薬企業で創薬研究に携わり、薬理(注1)担当者として標的探索から開発後期のプロジェクトを幅広く担当した神田さん。
その後オーファンパシフィックに入社し、非臨床の薬物動態(注2)や安全性(注3)、承認申請に関わる薬事(注4)業務にもキャリアを広げていきました。
現在は開発薬事部と非臨床開発部を兼任しています。
(注1)薬理:薬が体の中でどのように働いて効果を示すのかを調べる
(注2)薬物動態:薬が体にどのように吸収され、組織に分布し、体外に排泄されるのかを調べる
(注3)安全性:薬が体の中で有害な作用をしないかを調べる
(注4)薬事:薬の承認取得や、法令に沿った手続きを担う
仮説を立て、結果と向き合う
研究の面白さとは、文献を調べ、仮説を立て、実験系を作り、得られた結果と向き合うことにあったと話します。
予想通りの結果が出ることもあれば、まったく違う結果になることもあります。それでも、なぜそうなったのかを考え、周囲と議論しながら次の方法を探していく。その過程に、研究者としての醍醐味がありました。
「仮説が外れた時も、それは正解に近づくための過程の一つだと捉えるようになりました」
その考え方は、研究から開発、そして現在の薬事の仕事へと役割が変わっても、神田さんの中に残っています。研究者として仮説を立てる場面は減りましたが、仕事を進めるうえで「こう進めれば周りの人も動きやすいのではないか」「次につながるのではないか」と考える姿勢は共通しているといいます。

薬を立体的に見る視点
薬理研究では、薬が効くかどうかに目が向きます。しかし、薬物動態や安全性にも関わるようになり、薬の見方は大きく変化しました。薬が体の中でどう動き、どのように効果を示し、どのような安全性上の課題があり得るのか。効き方だけではなく、全体としてその薬の特性をどう捉えるかを考えるようになったのです。
「薬効だけで見るのではなく、薬物動態や安全性も含めて、薬をより立体的に見るようになりました」
希少疾患治療薬に関わった経験が転機に
希少疾患に強く関心を持つようになった背景には、前職で希少疾患治療薬の開発に関わった経験があります。
そのプロジェクトは、患者さんの数が限られていることもあり、当初から大きく注目されていたわけではありませんでした。事業としての規模を考えると、社内でもさまざまな見方があったといいます。それでも開発は少しずつ前に進み、最終的に薬が患者さんに届くことになりました。
その薬を必要としていたのは、重い症状を抱えるお子さんと、そのご家族。
上市後、患者さんやご家族から感謝の声が寄せられていることを知った時、「最後までやること」の意味を強く実感しました。
会社の収益としては大きくないかもしれない。しかし、その薬を必要としている患者さんやご家族にとっては、とても大きな意味がある。
治療薬があるかどうかで、お子さんの将来やご家族の希望が変わる。
そう身近に感じた経験は大きな転機となりました。大手企業は患者数が多い疾患の治療薬に取り組むことが多い一方で、希少疾患では治療薬の開発が進みにくいことがあります。だからこそ、治療の選択肢がない患者さんに対して選択肢を増やす仕事に意義を感じるようになりました。
新しい領域で、薬を届ける流れをつなぐ
現在、薬事という新しい領域にも向き合っています。これまでの非臨床の仕事とは異なる部分も多く、学ぶことは多岐にわたるといいます。それでも、非臨床で培った視点や、仮説を持って物事を進める姿勢を活かしながら、希少疾患の患者さんに薬を届ける仕事に取り組んでいます。
「薬は、データがあるだけでは患者さんには届かないと思っています。いろいろな部署の専門性がつながって、初めて患者さんまで届く。その流れを大事にしたいです」
一日でも早く、必要な薬を患者さんへ
研究者としての好奇心から始まったキャリアは、薬を多面的に見る経験を経て、患者さんに薬を届ける仕事へと広がっています。
「一つの薬が、患者さんやご家族にとってはすごく大きな意味を持つと思います。1日でも早く必要な薬を届けることに、自分なりのやりがいを持っています」
治療選択肢がなく困っている方々のために、自分にできることを探し、前に進めていく。神田さんの歩みは、希少疾患に向き合う仕事の大切さを静かに伝えています。

