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Patients and Families

希少疾患への挑戦7

全身麻酔の時だけに発症する希少疾患
- 悪性高熱症 -

医療法人社団太公会 名誉理事長
我孫子東邦病院 副院長 麻酔科部長 菊地 博達 先生

普通の希少疾患とは違い、全身麻酔をした時だけに発症する希少疾患がある。本誌のコラムでもおなじみの医療法人社団太公会 名誉理事長、我孫子東邦病院 副院長 麻酔科部長 菊地博達先生にこの希少疾患「悪性高熱症」についてお話をうかがった。

全身麻酔の時だけに起こる悪性高熱症

悪性高熱症とは、遺伝的に筋肉の収縮をつかさどるカルシウムがその貯蔵庫から細胞内に遊離する機能が異常であるために、全身の筋肉が異常に収縮を続ける疾患です。この疾患は、遺伝的な素因を持った患者さんが吸入麻酔薬や脱分極性の筋弛緩薬などで麻酔したときに起こる、非常に希な疾患です。麻酔をかけないときは特に症状もないため、一生知らないで過ごす方も多くいるはずです。

筋肉が収縮すると熱が発生します。運動したときに体が温まるのと同じです。悪性高熱症では筋肉が異常に収縮を続けるために、通常では考えられないスピードで熱が上がり、酸素も消費して二酸化炭素が多く出てきます。

全身の筋肉が異常に収縮し続けているため、体が硬直した状態になっているという異常事態です。体温が急上昇して40℃を超える事も珍しくありません。筋肉は異常な収縮を続けると筋細胞が壊れ、筋細胞内にあった物質が血中にたまり、腎臓での排泄が間に合わず、腎臓に障害をきたすことがあります。その他にも血中が酸性になったり、カリウムの値が高くなったりして生命が危険な状態になり得ます。

悪性高熱症を疑ったら、体を強力に冷やすとともに、筋肉の過剰な収縮を抑制するダントロレンという薬を投与したり、その他のいろいろな症状に対応する対症療法が必要になります。

一生に1回も経験しない麻酔科医もいるほど希少な疾患

発症頻度は、全身麻酔10万人あたり1-2例とされています。年間に1,000例の麻酔をかける麻酔科医がいたとしても、100年に1-2例しか経験しないため、ほとんどの麻酔科医は一度も悪性高熱症の経験をしないことになります。

悪性高熱症を診たとき

私が悪性高熱症を経験したのは、偶然のめぐり合わせでした。まだ若く大学病院の医局にいた頃、麻酔の学会があり、同僚の麻酔科医はこぞって学会に参加して、私は留守番していた時のことです。

突然、関連病院から電話があり「椎間板ヘルニアの手術の患者に全身麻酔を行ったが、全身の筋肉が非常に硬くて、腹臥位にできない。」という内容でした。その話から、悪性高熱症を疑い、まだ日本では入手ができなかったダントロレンの注射剤を麻酔科では経口剤から院内製剤(ニコチンアミド・ナトリウム溶液に溶解したダントロレン)を製造し、用意していましたので、そのダントロレンの注射剤を抱えて車で病院に駆け込みました。

手術室に入り患者さんを見ると、足は硬直して棒状態で、膝の下を持って上に持ち上げても、膝がぶらんと曲がることなく伸びたまま持ち上がるほど筋肉が硬直しているのが印象的でした(写真)。

すぐに持ち込んだ薬剤を投与し、全身管理をしたおかげで、その患者さんは一命をとりとめたのです。

その後、その患者さんには、手術を受けるときには必ず「私には悪性高熱症の素因がある」と主治医に話すよう言っておきました。また、これは遺伝的な疾患ですので、家族や親類にも素因者がいる可能性があることから、同様に、周知するよう言っておきました。

しかしながら、他県に住むその患者のお兄さんが緊急手術を受けることになり、ご家族の方は頭の中は真っ白になり、悪性高熱症の素因があることを緊急事態で医師に告げる状態でなく、不幸にも悪性高熱症で亡くなってしまいました。

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足は棒状に硬く、伸びきったままであった。
(写真:菊地先生ご提供)

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手の指を伸ばそうとしても、伸ばせなかった。
(写真:菊地先生ご提供)

麻酔科医の役割

今では、全身麻酔が必要な手術をする場合は、事前に麻酔科医が患者さんに問診をして、家族歴などをチェックしたり、何かあっても対応ができるように、すぐに治療薬が使える状況にしたり、体を冷却できるような材料を手術室の近くに置いておくなど、体制が整ってきています。日本麻酔科学会でもガイドラインを作って、いざ起こった時の対応方法をマニュアル化したり、安全な麻酔のために何をしたらよいかを記載して啓発活動を行っています。

2015年に難病法が施行され、指定難病に指定されると医療費の助成が受けられるようになったのですが、残念ながら「悪性高熱症」は指定難病になっていません。指定難病の要件の中に、「長期の療養が必要である」という項目があるためです。全身麻酔が原因で不幸な結果にならないよう、周知をするためにも難病指定は必要と考えますが、現在の状況では難しいようですので、麻酔科医が最後の砦として頑張らなければいけません。

また、いざという時に必要となるダントロレンも全身麻酔を行う際に準備しておくべきですが、めったに起こらない悪性高熱症のために、期限切れを起こす可能性が高い高価な薬剤を購入しておくことに消極的な医療機関も少なくありません。

図は、日本における悪性高熱症の患者数と死亡率の推移を示したものです。新しいタイプの麻酔薬の普及、麻酔科への悪性高熱症の認知向上とダントロレン注射剤の上市によって発症数、死亡率とも以前に比較すると低下してきています。

今後も手術に関わる医療関係者への啓発活動を続けて、悪性高熱症で亡くなる患者さんを限りなくゼロにすることが我々の役割です。

劇症型悪性高熱症の症例数と死亡率の年別推移

CMIC季刊誌 C-PRESS NO.11 より 転載
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