希少疾患への挑戦9
希少疾病用医薬品を世の中に出すために
-日本先天代謝異常学会での取り組み-

仙台市立病院
副院長兼小児科部長 大浦 敏博 先生

希少疾病に使用される医薬品の課題として、海外では標準薬として使用されているにもかかわらず、患者数が少ないために日本では開発に着手されていない薬剤「未承認薬」が数多くありました。
特に小児科領域の希少疾病用医薬品に国内での未承認薬が多いと言われています。
2004年度より15年の長きにわたり日本先天代謝異常学会の薬事委員会委員長として、先天代謝異常症領域の未承認薬の解消にご尽力された仙台市立病院副院長兼小児科部長の大浦敏博先生にお話を伺いました。

15年前の状況~希少疾病用医薬品の夜明け前~

学会の薬事委員会の役割として、医薬品の適正使用・安定供給に関連するものがあります。私が委員長に就任した2004年当時の日本では、先天代謝異常症の治療薬はほとんどが未承認で、海外からの個人輸入や、国内の試薬を転用して使用するなど、苦労して治療にあたっていました。医薬品として存在していても適応症が限られているため適応拡大が必要な薬剤もありました。海外から輸入した薬剤や試薬を使用する場合は保護者から書面で同意を得たうえで処方しますが、副作用が生じた場合の公的救済制度はなく、正式に承認された医薬品の必要性を強く感じていました。

先天代謝異常症とは、体内の代謝の過程で、ある特定の過程が生まれながらにして正常に働かないために、生体にとって好ましくない現象がもたらされる疾患群です。患者数が日本で数人から数百人と非常に少ない希少疾病がほとんどで、製薬企業は開発経費に対する売り上げが少なく、採算が合わないため開発に躊躇していました。

一方この時期は、国内で希少疾病用医薬品の治験や販売がされ始めた時期でもあり、米国でも新薬の開発が始まり、これらの新薬をいち早く日本へ導入すべく、希少疾病用医薬品への注目が集まり始めた時期でもありました。

なかなか進まない未承認薬の開発

2005年から、未承認薬の問題を解決するために、厚生労働省が「未承認薬使用問題検討会議」を開催し、国内で早期に開発が実施されるべき医薬品等について検討され始めました。日本先天代謝異常学会からも関連疾患の未承認薬の早期開発を検討してもらうべく、薬事委員会から学会員へのアンケート調査を実施、必要薬剤をリストアップし、要望書を厚生労働省に提出しました。しかし、ここからの進め方が、未承認薬使用問題検討会議による検討・早期開発の答申を受けて開発に手を挙げる企業が現れるのを待つというものであり、数年間は開発企業が無く、なかなか進まない状況が続きました。

このような状況の中で、少しでも前に進めるために、学会が中心となって国内の多施設共同の臨床研究を実施して、有効性や安全性を確認した薬剤もありました。

そして転機が訪れた

2010年より、「未承認薬使用問題検討会議」を発展させた、小児を含めた全疾患領域の未承認薬と適応外薬についてより広範な検討を行うための「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」が設置されました。ここで医療上の必要性が高いとされた品目は、関係企業に開発要請もしくは開発企業の公募が行われることになり、未承認薬・適応外薬の開発が急速に促進されることになりました。

また、2010年度より試行されている「新薬創出・適応外薬解消等促進加算」も、新薬開発に企業が積極的になった要因と思われます。これは厚生労働省から開発要請・公募された品目の開発に取り組んでいる、または真に医療の質の向上に貢献する医薬品の研究開発を行っている企業は、薬価の改定時に優遇を受けられるというものです。

使用できるようになった薬剤たち

制度の後押しも受け、続々と開発企業が現れ始め、さらに希少疾病用医薬品の開発に積極的に取り組む企業、希少疾病用医薬品を専門に扱う企業も現れて、ようやく患者さんや学会から要望していた医薬品も日の目を見る日が訪れました。私が薬事委員会在任中に直接関与して承認された主な医薬品は表のとおりですが、これ以外にも多くの薬剤が承認されています。さらに、現在開発中の薬剤や、開発企業募集中の薬剤もあり、継続的に必要な医薬品の要望を続けています。

医薬品が承認されればそれで終わるわけではありません。承認された医薬品が適切に使われるような活動を学会で行うことがあります。サプロプテリン塩酸塩の適応追加時には、「BH4反応性高フェニルアラニン血症の診断と治療に関する専門委員会」を立ち上げ、適正使用に関する暫定指針を作成して周知を図りました。また、学会総会の期間中にBH4委員会報告会を開催し、情報交換の場とすることが出来ました。

表: 承認された先天代謝異常症に用いられる医薬品

BH4: テトラヒドロビオプテリン NAGS: N-アセチルグルタミン酸合成酵素

希少疾病患者を支える学会のさまざまな活動

希少疾病の未承認薬を使用可能にすることは学会の役割の一つですが、それ以外にも、指定難病の診断基準や標準治療を行うための診療ガイドラインの作成なども本学会の役割です。さらに、患者さんが公的な補助を受けられるよう、指定難病の指定に向けての要望書を提出することもあります。また、治療に不可欠な特殊ミルクの安定供給に向けての活動も行っています。

近年、先天代謝異常症領域の新規治療薬が次々と開発されていますが、症状が進展する前に治療を開始することが望ましく、早期発見の重要性が高まっています。治療可能な疾患の早期発見・診断に向けて、本学会でも新生児マススクリーニングの新規対象疾患の研究成果が報告されています。

先天代謝異常学会薬事委員会での未承認薬・適応外薬の問題と開発の経緯を中心にご紹介しましたが、今後の希少疾病用医薬品の開発に少しでもお役に立てば幸いです。

CMIC季刊誌 C-PRESS NO.15 より 転載
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