希少疾患への挑戦10
疾患治療を陰から支える特殊ミルク

藤田医科大学
医学部 小児科学 教授 伊藤 哲哉 先生

疾患の治療は医薬品が注目されがちであるが、先天代謝異常症などの疾患では、特別に開発されたミルクが欠かせない。
縁の下の力持ちであるが、医薬品ほど存在は知られていない特殊ミルクについて、現在、日本先天代謝異常学会で特殊ミルク事業に取り組まれている、藤田医科大学医学部小児科学教授の伊藤哲哉先生にお話を伺った。

特殊ミルクとは

市販の乳幼児用の粉ミルクの主な成分は、乳脂肪、糖分、タンパク質等ですが、特殊ミルクはこれらの栄養成分を調整した医療用のミルクで、先天代謝異常症などの特定の疾患に使用する目的で様々な種類が開発されています。
見た目は市販の粉ミルクと同様缶に入っておりお湯に溶かして飲みます。
乳幼児に限らず成人も利用する治療に欠かせないものです。

特殊ミルクの役割

例えばフェニルケトン尿症という病気では、タンパク質を構成する20種類のアミノ酸のうち、フェニルアラニンが代謝できず、血液中のフェニルアラニン濃度が上昇してしまうため知的障害などの症状が現れます。
このため、フェニルアラニンの摂取量を減らすことが必要となりますが、食事で摂るタンパク質には一定の割合でフェニルアラニンが含まれるため、ごくわずかのタンパク質しか摂れなくなります。
それでは成長に支障が生じるため、フェニルケトン尿症の患者さんにはフェニルアラニン以外のアミノ酸が含まれている食品が必要となります。
治療は生後すぐから必要ですので、このような条件を満たすミルクとしてフェニルアラニン除去ミルクという特殊ミルクが製造され患者さんに使用されています。
その他にも別のアミノ酸を除去したもの、タンパク質をすべて除去したもの、脂肪や糖分、塩分の構成を変えたもの等、疾患や病態に応じて、現在44品目の特殊ミルクが製造されています(表1)。

表1.主な特殊ミルク

表:主な特殊ミルク

*:登録品の表にあるものと同じ製品です。登録品の適応症以外には、登録外として供給されます。
1) 各添付文書より
2) 社会福祉法人 恩賜財団母子愛育会 特殊ミルク事務局:特殊ミルク分類表より抜粋 http://www.boshiaiikukai.jp/milk02_01.html(2020年3月15日アクセス)

特殊ミルクの供給

特殊ミルクは、いずれも私たちが普段飲む牛乳を製造している乳業会社により製造されています。
4種類に分類され、医薬品、登録品、登録外品、市販品のものがあります(表2)。

表2.特殊ミルクの分類

表:特殊ミルクの分類

社会福祉法人 恩賜財団母子愛育会 特殊ミルク事務局:特殊ミルク分類表より抜粋 http://www.boshiaiikukai.jp/milk02_01.html(2020年3月15日アクセス)


市販品は店舗で自費で購入します。医薬品は健康保険がきき、医師の処方せんを出して薬局等で受け取ります。
残りの2つは、特殊ミルク共同安全開発事業により「先天代謝異常症の治療に必要なミルクであり、患者数が多く治療効果が十分に期待できるもの」として認められた「登録品」と、それ以外の「登録外品」です。
医薬品でないものの、治療に用いられるため医療機関を通して適正にかつ迅速に供給される必要があることから、恩賜財団母子愛育会総合母子保健センター内にある特殊ミルク事務局が発注や流通を一括で管理しています。
 

特殊ミルクが必要な場合は、主治医から特殊ミルク事務局に申請を出し、承認後、乳業会社から医療機関のもとへミルクが送られます。
そうして主治医のもとに届いたミルクは、主治医による使用法の指導を経てから、患者さんへと手渡されます(図)。
いずれも患者さんの費用負担はありません。

登録・登録外特殊ミルクは、なぜ患者さんの費用負担がないのでしょうか。

図.登録・登録外特殊ミルクの流れ


まず、特殊ミルクは前述の特殊ミルク共同安全開発事業により先天代謝異常症等の疾患治療に不可欠なものとされています。
しかし、特殊ミルクは使用患者数が少なく、製造コストも高く、種類も多岐にわたることから、製造しても採算がとません。
そのため、企業が安定して供給できるために、ミルクの供給にかかる乳業会社の経費の約50%が公費で助成されます。
しかし、残りの経費は乳業会社の持ち出しです。
さらに、この事業は小児を対象としているため、20歳以上は助成の対象にならず、成人の服用する特殊ミルクの費用はすべて乳業会社が負担しています。また、登録外特殊ミルクは助成がないため、すべて乳業会社が無償提供しています。登録特殊ミルクと登録外特殊ミルクによる治療は、乳業会社の社会貢献により成り立っているのです。

特殊ミルクの課題

特殊ミルク共同安全開発事業発足当時(1980年12月)は登録および登録外特殊ミルクの供給量はまだ少なく、乳業会社に負担をお願いしながらの提供でも問題はありませんでした。
しかし、特殊ミルクの適応疾患の拡大、新生児マススクリーニングの精度向上による対象疾患の診断患者数の増加等により、特殊ミルクの供給量はこの約40年で増大し、乳業会社の負担は大きくなっています。
疾患治療に必要不可欠なものだからこそ、特殊ミルクを無駄なく使用するよう心掛けながら、適応基準や治療効果の判定基準を明確にして適合しない患者さんへは供給しないなどの新たな対応が必要な時期にきています。

CMIC季刊誌 C-PRESS NO.16 より 転載
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