希少疾患への挑戦5
希少疾患を見つける
総合診療医の“アート”な眼

国立研究開発法人 国立国際医療研究センター病院
総合診療科 國松 淳和 先生

希少疾患は、希少であるがゆえに診断がつきにくく、患者さんが長期にわたって多くの病院を訪れざるを得ないことも珍しくない。
臨床現場で、希少疾患がどのように見つけられ、診断されるのか―
国立国際医療研究センター病院の総合診療医として、臓器横断的な知識を駆使して希少疾患を見つけ出す國松淳和先生に、診療の実際についてうかがった。

総合診療科の役割

総合診療科の役割というのは、病院によっても異なりますが、一般的には専門科がまたがる疾患、もしくは病院にあるどの専門科にも当てはまらない疾患を最初に担当することが多いと思います。

希少疾患はその名の通り、発症例数の少ないまれな(rare な)疾患ですが、例数は少なくても診療する専門科が定まっており教科書にも掲載されるようなものであれば、比較的診断されやすいと思います。

一方でいわゆる不定愁訴のように多彩な症状があったり、症状が普遍的で複数の領域に共通するといった場合は、診療科が定まらず患者さんはどこに行ったらいいかわからない、いわゆる専門科のスキマ(niche)に陥ってしまいがちです。そのスキマにある疾患を拾い上げて診断するのが総合診療科の役割の一つだと考えます。

ランゲルハンス細胞組織球症の症例

具体的な例として過去の症例を挙げますと、50代男性が当初はとにかく口が乾いて水をたくさん飲んでいました。その他に易疲労、食欲減退、ほてり、手の乾きなども感じられていましたが、いずれも一見病気とは考えにくい、いわゆる不定愁訴でした。
口の乾きということから歯科医院を訪れ、大きな病院の口腔外科に紹介され、その間に消化器内科にも行かれています。医師に「精神的なものではないか」と指摘されたり、ご本人も気の持ちようかと思い心療内科も受診されました。口腔外科ではシェーグレン症候群の疑いを指摘され膠原病科にもかかり、唾液腺の生検まで受けたものの診断がつかず、当科に来られました。ここまでに約半年が経過しています。

主訴の「口の乾き」から、具体的な飲水量を聞いてみると1日に10リットルを超える量で、排尿も同程度あり、多飲多尿が症状の本質であるとわかりました。それを満たす疾患を疑いながら病歴を確認していくと、既往歴に「昔、肺の異常があったが禁煙で治った」という記載に気づき、ランゲルハンス細胞組織球症(Langerhans cell histiocytosis;LCH)が想起されました。そこで脳神経外科に依頼して病理検査を行ったところ、やはり下垂体に腫瘤が見つかりました。口渇を主とする多彩な症状は、腫瘤の影響で生じた中枢性尿崩症による多尿のためだったのです。

きき方で答えは変わる

LCH は日本では年間60~70人の発症が推測される希少疾患で小児がんのひとつとされており、成人では極めてまれな病気です。このような希少疾患は各診療科の専門医の目をかいくぐり、すり抜けて診断されないまま数カ月、あるいは数年越しで診断が遅れるのが現状です。

本症例のように診断がつきにくい症例の場合は、患者さんの愁訴を漫然と聞くのではなく、踏み込んで考えることも大切なポイントです。「口がかわく」と言っても、口腔が乾燥しているのか、もしくは衝動的に飲水したくなる「口渇」症状なのか。飲水量も通り一遍に聞いては患者さんも「飲んでますね」としか答えませんし、患者さん自身にとってはその状態が日常的なので異常なこととも感じておらず、ましてや「多飲多尿」という自覚もありません。
そこで「1日にペットボトル何本ぐらい水を飲みますか」とかなり具体的に聞いたところ、「軽く10本を超える」と驚くくらい多いことがわかったのです。

このように、患者さん自身が意識していなかったことをいかに聞き出すか、質問の方法も工夫が必要です。既往歴についても、疑わしい疾患を念頭に入れて確認するのとしないのでは気づきが全く違います。
疑い過ぎると視野が狭くなってしまいますので加減が難しいのですが、加減の具合は理論づけしにくい、試行錯誤して身に着けるアートな部分かも知れません。診断の手がかりは診療記録の他は患者さんの話が頼りですから、安心して話して頂けるように患者さんのこれまでの不安や不満に寄り添いつつ話を広げていきます。私は初診で1時間費やすこともあります。一見遠回りに見えても 、診断のためには急がば回れなのです。

シマウマ探しをするな

希少疾患を診断するには、もちろん多くの疾患を勉強する必要がありますが、それだけでは駄目で、逆説的ですが、最も大切だと考えているのはよくある(common な)疾患を熟知することです。
実際には希少疾患に出会うことは滅多にありませんので、日常診療を地道に積み重ねることが、その裏返しで「何かおかしくないか?」と気づくことができる秘訣です。

我々内科医の間では、頻度の高い疾患から考えていくべき、という喩えとして「シマウマ探しをするな」という言葉があります。馬影を見て栗毛色の馬ではなくシマウマを想起するような、まれな(rare な)疾患に飛びつくことへの戒めです。とはいえcommon とrare は連続したものですので、広い視野をもつことが求められます。
いずれにしても、常に勉強が必要であり、私の場合は「この病気が何か突きとめたい」という向学心が希少疾患を見つけるモチベーションになっています。

CMIC季刊誌 C-PRESS NO.9 より 転載
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