希少疾患への挑戦12
希少疾患だからこそ必要なガイドライン

熊本大学名誉教授・くまもと江津湖療育医療センター 総院長 遠藤 文夫 先生

専門医でも治療する機会が少ない希少疾患だからこそ求められる診療ガイドラインの役割について、長年厚生労働省研究班の班長として先天代謝異常症のガイドライン作成に尽力された、熊本大学名誉教授・くまもと江津湖療育医療センター総院長 遠藤文夫先生にお話を伺った。

希少疾患に関する診療ガイドライン作成の課題

通常の診療ガイドラインは、臨床試験結果に基づいて作成されます。 ところが、患者数が数百人未満の希少疾患で大規模な臨床試験の実施は難しく、質の高いエビデンスに基づくガイドラインの作成は困難です。 難しいのであれば作成しなくてもよい、疾患を熟知している専門医が診断・治療すればガイドラインがなくても問題ない、と思われるかもしれませんが、希少疾患だからこそ、診療ガイドラインの必要性は高いのです。

一般小児科医や専門医のためにも診療ガイドラインが必要

2014年にそれまでより多くの疾患を検査できるタンデムマス法による新生児スクリーニングの検査費用が公費負担となったことで全国に広まり、一般の小児科医が希少疾患に接する機会が増えてきました。 また、確定診断のために特殊な検査が必要で専門医間の連携が必要な先天代謝異常症では、明確な診断基準が必要です。 さらに先天代謝異常症治療薬の開発を進める上でも厳密な診断基準が必要でした。 加えて2015年の難病法の施行にあたり医療の公平性を担保するために、指定難病に指定されるための診断基準が必要とされました。
治療においてもガイドラインは重要です。 専門医といえども初めて診る希少疾患患者に遭遇することは珍しくなく、診療の均質化のためにも診療ガイドラインが求められていました。

新生児マススクリーニング対象疾患等
診療ガイドライン2019

日本先天代謝異常学会編集 診断と治療社刊
2019年に発行された「新生児マススクリーニング対象疾患等診療ガイドライン2015」の改訂版

容易ではなかったガイドライン作成

先天代謝異常症のガイドラインは研究班を中心に日本先天代謝異常学会が作成しました。 「先天代謝異常症」は一つの疾患ではなく、希少疾患の集まりです。 どの疾患から作成を開始するかを決めるだけでも大変な作業でしたが、まずは新生児マススクリーニング対象疾患を中心にまとめていきました。
文献をはじめとした情報の整理から手がけました。 それぞれの疾患に詳しい先生方の手を借りてまとめてもらいましたが、非常に根気と忍耐力を必要とする作業です。 先天代謝異常症では臨床試験が少ない分、専門医のコンセンサスが重要になりますので、何度も会議を行い、意見を交わして集約していきました。 海外のガイドラインも参考にするために、海外のガイドライン作りに携わった先生に日本まで来てもらってディスカッションもしました。 こうして2015年に22疾患を対象とした『新生児マススクリーニング対象疾患等診療ガイドライン2015』を発行することができました。 本ガイドラインは、病態、診断、治療および診療上の注意点がコンパクトに記載してあります。

今後も続くガイドライン作成・改訂作業

先天代謝異常症は小児慢性特定疾病の対象とされるものだけでも139疾患あり、まだガイドラインのない疾患が圧倒的に多いのも事実です。 ガイドライン作りは、まだ始まったばかりなのです。 医学や技術の進歩、医薬品の開発に伴って定期的な改訂作業も必要です。 現在も厚生労働科学研究として研究と作業が続けられています。
ガイドライン作成はゴールではなくスタートラインだと思います。 ゴールは、先天代謝異常症の患者さんが適切に診断・治療され、一般の人と同じように生活し、学校生活や就労ができるようになることです。 そのために、診療ガイドラインが一助になればと考えています。

CMIC季刊誌 C-PRESS NO.18 より 転載
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